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情報論的に言えば、予想できることの情報量は少ない。予想できないような意外なことの方が、情報量は多い。だから、周囲の空気に合わせた行動は、そもそも情報量が少ない。

空気を読んで、敢えてその流れとは違ったことを言ったり、行動したりすると、その情報量は大きい。誰もそのようなことを予想していないから空気を読んで、敢えて逆張りする

空気を読んで、敢えて逆張りで行くことで、その人は強く印象づけられる。もちろん、逆風も吹くし、摩擦も起こるけれども、そのことによって心身も鍛えられる。その逆張りが論理や本質の洞察に支えられていれば、なおのこと良い。

空気を読んで、敢えて逆張りするから引用
http://lineblog.me/mogikenichiro/archives/8330599.html?t=1

 

 この言葉について具体的に考えていく。

 空気を読むというのは、今置かれている状況や、文脈を的確に認知することだ。しかし、それと敢えて、異なる言動を行うことが、かえって多くの情報量をもたらすそうだ。例えば、僕のサークルの話で考えてみる。僕のサークルはある企画をしているときに、それが本来の目的からずれたものになってしまっていた。しかし、皆、それで突っ走っていた。僕はそれが納得できずに、そして、そのことを告げることもできずにサークルを休みがちになっていた。そして、今、サークルの人たちはなぜ僕が休みがちなのかわからず、さらに、サークルの運営にもわずかに支障をきたしている。今、この僕が休むことに対する、理由に関心が高まっている状況ならば、僕は自分の理由を打ち明けられ、おそらくサークルに復帰できるだろう。それが今の状況であり文脈だ。つまり、今の空気だ。しかし、なぜ僕がそもそも、打ち明けられなかったかと言えば、僕は、受け入れられないことに恐怖を抱いていたからだ。おそらく、サークルに復帰してもその状況は変わらないと思う。先のことがどうなるかは本当にはわからないけど、ぼくはサークルから一度離れてみるのも手だと思っている。今の、文脈とあえて異なることをすることで、情報量が増えるとしたら、サークルがある状態とない状態を比較できるということだろう。

 つまり、空気を読んでかつ、それに従わないというのは、文脈を増やすことだ。異なる文脈を切り開くことで、文脈同士を比較できるようになり、さらなる豊かな生活に貢献できる。