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文章にして論理の正しさを確認する 名経営者の至言 日経ベンチャー編から

 ◇文章を書くことは、自分の考えの整理なる。文章力だけでなく、論理性の訓練にもなる。 (松本大 マネックス証券社長兼CEO)

 本書では次の三つの要点を挙げている。

 □いやいやながら書いている日報などでも、実は思考力を磨くトレーニングになる。

 □相手を納得させる文章を書くには、結論、構成、表現を考え抜く。

 □「何が言いたいのかわからない」といわれたら、思考が論理的でない証拠だ。

 

 

 では、論理的な文章を実践する。

 「序論」→「本論(論証)」→「結論」方式で文章を取り上げる。

  人は抽象的な基準に照らして、現実の出来事を評価する。例えば、サークルに属しているならば、サークルの企画には参加しなければいけないという規則もそうだ。この規則を基準として評価すると僕は基準からずれた言動をしていることになる。

 僕は、このような物事の判断の基準となる規則などは大いに疑い必要があれば修正を加えていくべきだと思う。

 例えば、僕がサークルを休むのは、前回の活動で企画が目的にかなっていないと思っていて、それをうまくいえなかったことを引きずっているからだ。なぜ、それが言えなかったかというと僕の個人的な問題も大きい。自分の感情を抑えないといけない。他人もそれをしなければ自分を責めるはずだと僕はおもいこんでいる。だから、ぼくは自分の感性を否定して生活することが多い。例えば、コンビニのレジでおつりが足りなかった時も、足りないなという疑問を抑えて、黙って帰ってしまった。友達とベンチに座っているときも、暑いなと思っていたのに、座り続けた。大学の授業も友達と近くで受けたかったけど、遠くで受けた。今回のサークルを休むケースには僕の個人的な要因は大きい。しかし、サークル自体が問題を抱えている可能性も高い。例えば、活動時間が長いとか、与太話で時間を長引かせているとか、意見に対して府寛容な傾向があるとか。そのように、サークルを休むことに限ったことではないが、人の行動には必ず原因がある。そう考えると、サークルを休むのは、あいつがいけないと決めつけるのでは、自分たちの欠点や問題を見えなくしてしまう可能性がある。だから、なぜ、そういうことが起きるのか?その原因は何か?どういう状況がそのような出来事を引き起こしたか?を考え抜くことが大切だ。

 もとのサークルを休むのはだめなことだ。を修正して、サークルを休むという出来事が起こるということは、なにか組織または個人が問題をはらんでいる可能性があると書き換える。

 理由を様々なことに照らして、考えていくことで、自分の採用する抽象的な基準は現状に合わせて柔軟に書き換えていくことができる。